肥満症治療薬は、指導の代わりにならない|適応の要件と、処方後に残る判断

肥満症治療薬は、指導の代わりにならない|適応の要件と、処方後に残る判断

肥満症そのものを効能とする注射薬が登場して、外来でできることは確かに広がりました。2型糖尿病に用いるGLP-1受容体作動薬とは別の製剤で、セマグルチド(GLP-1受容体作動薬)とチルゼパチド(GIP/GLP-1受容体作動薬)の2剤があります。ただ実際に使う場面を考えると、思ったより対象になる患者さんが少ないと感じている先生も多いのではないでしょうか。

BMIの条件、健康障害の数、そして施設基準。要件をひとつずつ当てはめていくと、目の前の患者さんの多くは外れていきます。

対象になった場合にも、いつまで続けるのか、やめたあとはどうなるのか、減った体重の中身は何なのかという判断が残ります。日本肥満学会も2023年11月に「肥満症治療薬の安全・適正使用に関するステートメント」を策定し、2025年4月に改訂しました。

薬物療法をめぐってこの数年で何が変わり、何が変わらなかったのかを見ていきます。

なぜ食事・運動指導は「続かない」のか

令和元年の国民健康・栄養調査によれば、食習慣の改善について「関心がない」と答えた男性は16.5%、「関心はあるが改善するつもりはない」が24.6%でした。合わせておよそ4割が、必要性を理解しながら動き出す手前で止まっていることになります。

ただ、外来でより頻繁に見るのは、いったん食事や運動の指導を始めたのに続かない患者さんなのではないでしょうか?外来で指導した直後はプログラムに熱心に取り組むものの、熱量を失って1か月ほどで元に戻ってしまう患者さんは少なくありません。この繰り返しには、いくつか構造的な理由があります。

ひとつは、成果が出るまでの時間差です。食事や運動を変えても、数値が動くまでには数か月かかります。その間、患者さんは手応えのないまま続けることになり、努力と結果が結びつきません。体重計に乗っても数百グラムの上下しか見えない時期が、いちばん脱落しやすいところです。

次に、日常に埋め込みにくいという問題があります。間食を減らす、一駅分歩くといった指導は、生活の側を変えることを患者さんに求めます。勤務時間、家族の食事、通勤経路。変える対象が生活そのものである以上、意志の強さよりも環境の制約に結果が左右されます。

また、意欲が外部に依存していることも大きいと思います。診察室では前向きになっても、その状態は日常に戻ると薄れていきます。次の受診が3か月後であれば、意欲を保つ手がかりのない期間が3か月続くことになります。

指導が届かない患者さんが一定数いるのは、指導の質というより、こうした構造によるところが大きいと考えられます。だからこそ薬という選択肢に期待が集まりました。指導では動かなかった数値が動くというのは、臨床的に大きな意味を持ちます。

ただ、ご存知のようにその選択肢は誰にでも使えるわけではありません。

肥満症治療薬の保険適用要件|患者さん側の条件と施設基準

保険適用される肥満症治療薬の要件は、患者さん側と施設側の両方にあります。

患者さん側では、肥満症と診断されていること、BMI 27以上で肥満に関連する健康障害を2つ以上有するかBMI 35以上であること、高血圧・脂質異常症・2型糖尿病のいずれかを有すること、そして食事療法・運動療法を行っても十分な効果が得られていないことが求められます。

施設側の条件は、標榜科と常勤医だけではありません。内科系の診療科を標榜していることに加えて、日本循環器学会・日本糖尿病学会・日本内分泌学会のいずれかによって教育研修施設として認定されていること、これらの学会の専門医である常勤医師が1人以上所属していること、そして常勤の管理栄養士による適切な栄養指導を行える体制が整っていることが要件になります。実施した栄養指導は診療録等に記録を残すことも求められます。

これらは最適使用推進ガイドラインに基づくもので、施設要件・医師要件・患者さん要件のいずれも満たす必要があります。BMIと健康障害の条件をクリアした患者さんがいても、処方できる施設でなければ出せません。教育研修施設の認定を受けていない一般的な内科クリニックは、原則として処方する側に立てないことになります。

見落とされやすいのが、事前の食事療法・運動療法をどこで行ったかです。ガイドラインは「本剤を投与する施設において」計画に基づく治療を6か月以上実施しても十分な効果が得られない患者さん、と定めています。他院で長く指導を受けてきた患者さんが移ってきたとしても、その期間をそのまま引き継げるわけではありません。

投与期間にも上限があります。セマグルチドは最大68週間、チルゼパチドは最大72週間と定められており、漫然と続けることは想定されていません。開始の時点で、いつ評価し、いつやめるかまでを含めた計画が要ります。

一方、対象そのものは広がりつつあります。2026年5月にはチルゼパチドが中等症以上の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(BMI 27以上に限る)に、6月にはセマグルチドが肝硬変を伴わない代謝機能障害関連脂肪肝炎(線維化ステージF2・F3)に、それぞれ適応を取得しました。肥満そのものではなく併存疾患を入口に薬物療法へ届く経路が増えたことになります。ただしこれらにも別の最適使用推進ガイドラインがあり、標榜科の範囲が呼吸器内科・耳鼻咽喉科や消化器内科・肝臓内科へ広がったほか、認定対象となる学会にも呼吸器・耳鼻咽喉科、肝臓・消化器の各学会が加わりました。もっとも、教育研修施設の認定と専門医の常勤を求めるという構造そのものは変わっていません。なお投与期間の上限も適応ごとに異なり、閉塞性睡眠時無呼吸症候群では最大52週間、代謝機能障害関連脂肪肝炎では上限の規定が置かれていません。



これらの要件は、肥満症の薬物療法を安全に行うための枠組みとして設けられています。用量の調節、消化器症状をはじめとする副作用への対応、減量中の栄養状態の管理まで含めて継続的に診られる体制があることを前提にしたものです。

そのことがはっきりするのは、枠組みの外で何が起きているかを見たときです。美容や痩身を目的とした適応外使用については、厚生労働省が「医薬品・医療機器等安全性情報」で繰り返し注意を促してきました。肥満症の診断も併存疾患の評価もないまま、自由診療の場で処方されている実態があるためです。日本肥満学会のステートメントも、肥満症治療薬が痩身目的で使われることに強い懸念を示しています。

要件が細かく定められているのは、この薬をどこで、どのように使うべきかを明確にするためです。保険診療の枠内で慎重に適応を確認している医師ほど、枠の外で線引きのないまま処方が広がっている状況には違和感を持たれるのではないでしょうか。

それでも残る、医師側の迷い

要件を満たし、処方できる立場にあっても、迷う場面は残ります。

まず、線のすぐ外側に取り残される患者さんがいます。BMI 26台で、健康障害はひとつ。健診のたびに数値が少しずつ悪くなっていて、このまま行けば数年後には要件を満たすであろう患者さんです。放置していいわけではないのに、いまは薬の対象ではない。要件を満たすまで待つというのも臨床的に不自然で、予防という観点からはこの層にこそ介入したいところですが、手段が指導しかありません。対象になった患者さんをどう治療するかと同じくらい、対象にならない患者さんをどうするかは日常的な問いです。

処方したあとにも論点があります。セマグルチドの臨床試験(STEP 1)の延長解析では、68週の投与終了時に体重が平均17.3%減っていたのに対し、中止から1年後には5.6%減にとどまっていました。11.6ポイント分、減った体重のおよそ3分の2が戻った計算です。慢性疾患である以上これは薬剤の欠陥ではありませんが、患者さんにどう説明するかは難しいところです。

減った体重の中身も見ておく必要があります。臨床試験の体組成解析では、減少した体重に占める除脂肪体重の割合はチルゼパチドで約25%、セマグルチドで約39%と報告されています。ただしこれは薬剤に固有の現象ではなく、食事制限による減量でも同じことが起こります。重要なのは割合そのものより、誰に起きるかです。2型糖尿病の高齢患者さんを24か月追跡した後ろ向きコホート研究では、セマグルチド投与群で骨格筋量指数が有意に低下し、歩行速度の低下も認められたと報告されました。高齢者の場合、体重が落ちたという事実をそのまま良い結果として受け取ることはできません。

食欲が抑えられれば、摂取エネルギーそのものも減ります。プラセボ群と比べて総エネルギー摂取量が16〜39%減少したという報告があり、タンパク質やビタミン、ミネラルの摂取量も同時に落ちることになります。減量の過程で栄養状態が悪化しないようどう管理するかという、これまであまり意識されてこなかった課題が生まれています。

さらに、慢性疾患の治療は長期になり、保険適用でも自己負担は続きます。中断すれば体重は戻る。医学的な適応とは別に、経済的に続けられるかどうかの判断をする必要が出てきます。

そして最も見落とされやすいのが、薬を出しても食事と運動の話が終わらないことです。最適使用推進ガイドラインでは、適切な食事療法・運動療法を6か月以上行い、その間2か月に1回以上、管理栄養士による栄養指導を受けたうえで十分な効果が得られない患者さん、と定められています。薬は指導を行ったうえでの追加であって、代替ではありません。投与中も併用が前提ですし、学会のステートメントも適正使用の前提として食事・運動療法の継続を位置づけています。薬を出せば指導の悩みが消えるわけではなく、むしろ栄養状態の管理という課題が加わることになります。

患者さんの側にも「薬は使いたくない」がある

迷っているのは医師だけではありません。注射という形式への抵抗、消化器症状への不安、そして薬に頼りたくないという価値観。これらは医学的な適応とは無関係に患者さんの選択を左右します。

加えて、美容や痩身を目的とした使用が広く報じられた影響で、肥満症という疾患に対する治療だという位置づけが伝わりにくくなっています。ダイエットのための薬という理解のまま「そういう薬は使いたくない」と言われると、疾患の治療であることを一から説明し直すところから始まります。

逆の反応もあります。要件を満たさない患者さんから「あの薬を出してほしい」と言われる場面です。適応を説明して断ると別のクリニックへ移っていく患者さんは少なくなく、経営的な葛藤がないと言えば嘘になります。

使える患者さんが限られるだけでなく、使える患者さんが使いたがらず、使えない患者さんが使いたがる。このねじれは無視できない現実です。

【監修医コメント|五藤良将 先生】

「外来で難しいのは、指導が届かない患者さんより、一度届いたのに続かない患者さんです。診察室では前向きになられても、1か月ほどで元に戻り、次にお会いするのは3か月後。その間に何が起きたかを私たちは知りません。

患者さんは方法を知らないのではなく、続けられないのです。原因の多くは意志ではなく生活環境にあります。ですから体重以外に『先に動く指標』を一つ決めて、手応えが得られるよう設計することを心がけています。薬が登場してもこの構造は変わりませんでした。BMI 26台の方にこそ介入したいのに手段がなく、要件を満たす方は注射を嫌がり、満たさない方が薬を求めて来られる。次の受診までの空白をどう支えるかという課題は、むしろはっきりしたと感じています」

指導と薬物療法のあいだにある空白

薬の対象になる患者さんは限られ、処方できる施設も限られます。そして、対象になり、処方でき、患者さんも同意した場合でも、食事療法と運動療法は前提として残り続けます。どちらの経路をたどっても、患者さんが日常のなかで続けられる仕組みが必要になるということです。

薬を使わない層には、指導を実行に移すための支えが要ります。薬を使う層にも、栄養状態を保ちながら生活を組み立て直す支えが要ります。ところが、この支えにあたるものを外来はほとんど持っていません。指導は診察室の数分で終わり、次の受診までの3か月は患者さんが一人で過ごします。

薬が登場したことで、この空白はかえってはっきり見えるようになったのではないでしょうか。それまでは指導しかないことが当たり前で、空白として意識されにくかったからです。選択肢がひとつ増えたぶん、その選択肢に届かない領域の広さが可視化されたとも言えます。

薬を出すか出さないかという二択の手前に、もうひとつ引き出しを持てるかどうか。それによって、次の受診までの3か月に医師が関与できる余地が生まれます。

まとめ

  • 保険適用の肥満症治療薬には、患者さん側の要件(BMI・健康障害・併存疾患)と施設側の要件があり、使える場面は限られる

  • 施設要件には標榜科と常勤専門医に加えて、関連学会による教育研修施設の認定と、常勤の管理栄養士による栄養指導体制が含まれる

  • 事前の食事療法・運動療法は「本剤を投与する施設において」6か月以上実施することが要件で、肥満症では投与期間にも上限(セマグルチド68週、チルゼパチド72週)がある

  • 2026年に閉塞性睡眠時無呼吸症候群と代謝機能障害関連脂肪肝炎への適応が加わり、併存疾患を入口とする経路は増えた。認定対象の学会や投与期間の上限は適応ごとに異なるが、教育研修施設の認定と専門医の常勤を求める構造共通してい

  • 施設要件の枠組みは変わっていない

  • 投与終了後の体重再増加、除脂肪量の減少、摂取エネルギーの低下、費用の継続性など、処方できる場合でも判断に迷う論点が残る

  • 薬は指導を行ったうえでの追加であり、投与中も併用が前提となる

  • 患者さん側にも注射や薬への抵抗があり、適応があっても選ばれないことがある

  • 薬を使う場合も使わない場合も、患者さんが日常で続けられる仕組みが必要になる。そこが現在の空白である

監修者


五藤 良将(ごとう よしまさ)

医療法人社団五良会 竹内内科小児科医院 院長/医療法人社団五良会 理事長

防衛医科大学校医学部卒業。自衛隊中央病院、防衛医科大学校病院、千葉中央メディカルセンターなどでの勤務を経て、2019年9月に継承開業。専門は総合内科で、糖尿病、AGEs、動脈硬化を研究分野とする。著書に『内臓脂肪 中性脂肪 コレステロールがみるみる落ちる 血液と体の「あぶら」を落とすスープ』(アスコム、2024年)。

所属学会・資格

日本内科学会 認定医/日本抗加齢医学会 抗加齢医学専門医/日本美容内科学会 評議員/日本旅行医学会 認定医/日本温泉気候物理医学会 温泉療法専門医・温泉療法医/日本医師会 産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/日本糖尿病協会 登録医/難病指定医

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参考文献

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  • 厚生労働省「最適使用推進ガイドライン セマグルチド(遺伝子組換え)~代謝機能障害関連脂肪肝炎~」令和8年6月 https://www.pmda.go.jp/files/000281141.pdf

  • 厚生労働省「最適使用推進ガイドライン チルゼパチド ~肥満症~」令和7年3月(令和8年5月改訂) https://www.pmda.go.jp/files/000280607.pdf

  • 厚生労働省「最適使用推進ガイドライン チルゼパチド ~閉塞性睡眠時無呼吸症候群~」令和8年5月 https://www.pmda.go.jp/files/000280608.pdf

  • 厚生労働省「医薬品・医療機器等安全性情報 No.406」令和5年12月 https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001177708.pdf

  • 日本肥満学会「肥満症治療薬の安全・適正使用に関するステートメント」2023年11月25日策定/2025年4月10日改訂 https://www.jasso.or.jp/data/Introduction/pdf/academic-information_statement_20250410.pdf

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